ラルフのアイシスから学ぶ年賀状の重要度と安い印刷方法まとめ


年々、我が家に届く年賀状の枚数が少なくなっていることにふと気づきました。
私は、しがないサラリーマンですが、営業職ではなく、取引先に年賀状を書くことは特にしておらず、職場の方々や友人、親戚に年賀状のやりとりをしていた程度で、そこまでたくさんの枚数は、やりとりしてはいませんでした。年賀状の枚数は、年に2,3枚ずつ減ってきてる感じでした。

年賀状の枚数が減ってきた理由が気になったので、送らなかった何人かに理由を聞いてみました。理由としては、年々時間に余裕がなくなってきており、しかも毎年同じような内容で年賀状を書くので、もう大変だから書くのをやめたと言っている人が大半でした。
なんだか、せちがらく、これも時代なのかなぁとさみしく思いました。

私個人としては、年賀状は半ば義務で書いていたので、しんどい思いはなく、たんたんと作業をしている感覚でしたし、年賀状を送ってなかったら、なにか悪い評判がたつのではと不安になるからしかたなく書いていた面が強いのかなと改めて思いました。

しかし、正月に実家から我が家に戻った時、年賀状を見るとやはり良い気持ちになるものです。文章に一笑いあるものや、家族が増えていたり、子供の成長がわかったり、遠方の友人からの便りがあり懐かしく思ったりと。勝手なもので、書いて送るのは、億劫なのかもしれませんが、やはり、もらうとうれしいものなのだなぁと実感します。

そんな中、我が家に待望の子供を授かることができました。
執筆時は、まだ、妻のお腹のいる状態です。検診にいったり、お腹の中のわが子に向かって話しかけたりしています。これが、生まれてきた時には、どんなにかわいいことでしょうか。
まだ、体験できていないのでわかりませんが、友人達の子供への愛情やかわいがり方を見ていると、親が我が子を思う気持ちは絶大だと思います。
私も我が子が生まれてきた際には、やっぱり、たくさんの写真を撮りるのだろうと思います。

安い年賀状を印刷するなら業者に依頼してしまうのが一番の方法です。

 

50枚の印刷で一枚55円のプリント代、基本料金は「サクサク年賀状」で1200円、「デラックス年賀状」で1600円。
他にももっと豪華なものもあります。
2018年度はまだ記載されていませんので、あくまで2017年を参考にしています。
注文する時は、ホームページでご確認ください。
出典サイト 年賀状安い印刷

安い年賀状を印刷する事は工夫しだいで可能なのです。

そして、どんな格好で、どんなシチュエーションで、どんな表情がかわいいだろうかとか写真選びに迷い、その中から、最高の一枚を選び、どんな風にデザインや構図を構成しようかと悩み、創意工夫をして、年賀状を作成することに努力を惜しまないのだろうなぁと未来予測が簡単にできてしまいます。
もしかすると、今年は人生で一番年賀状を作成するのが楽しいのかもしれません。
また、年賀状の感想も楽しみになると思います。

年賀状は、送る側の自己満足や我が子自慢のためという子育て日記の側面もあるんだろうなと
今はそう思います。
毎年、書店で年賀状ソフトが並んでいるのを見ると「おお、もうこんな時期か・・」と思うのです。この時期といっても、年末がまだまだ先な時期で、個人的には全然お正月の気分ではないのですが、それでもそういうソフトを見ているのは楽しいです。
昔は自分の手で書いていた年賀状です。イラストも下手ながら干支の動物を描いていました(そして笑われるという悲しい思い出)。これをしないと年賀状じゃないと思っていたので・・。けれど年賀状のイラストソフトを使うようになってから、そんな無理はしていません。イラストを選んで文字を選んで、どういうふうにはがきに配置しようかなとか考えながら作るのが楽しいです。

私の年賀状の作り方は、まずはざっくり2通りにわけます。和風か洋風かというのが、年賀状を作る基準です。年賀状だから和風のほうがいいのですが、洋風のも作っていて楽しいので作ります。親しい友達向けにです。目上の人への年賀状は、やはり和風で古風なデザインのほうが無難ですから。

洋風なデザインのほうが自由がきくので、英語の新年のお祝いの言葉とかわいい干支のイラスト、それにパーティっぽい華やかなイラストを合わせて楽しく作ります。和風の場合は筆で書いたような””賀正”などの文字イラストと、富士山や鶴や、やはり干支の動物のイラストをつけます。ワンパターンになってしまうのが難点です。同じソフトを使っていると、マンネリ化してしまうので気をつけているつもりですが、去年と同じイラストを使ってしまっているかもしれません。

同じイラストといえば、友達からもらった年賀状に使われていたイラストが、私が使っていたイラストと同じだったことがありました。配置やその他のデザインが違うので、全体的には全然違う絵になっていたのですが、同じソフトを使っていると気づいて、ちょっと笑ってしまいました。
今年も書店に年賀状のイラストのソフトが並ぶのは、そう先のことではないと思います。時がたつのは早いですから・・。今はまだ暑くて年賀状のことは考えられませんけど。
来年は戌年です。犬といえば人気キャラクターがたくさんいるので、それらが年賀状に使われると思います。スヌーピーとかディズニーのキャラクターとか(ディズニーだったらネズミ年のときは当然あのキャラが大活躍です)。こういうのも楽しいのです。私もたぶん、キャラクターのどれかを使って年賀状を作ると思います。スヌーピーが好きなので、スヌーピーは絶対に使います。

年賀状離れが進んでいますが、みなさんは年賀状出してますか?


どうせなら出す方も楽しんで作ろう!年始の挨拶の年賀状には遊び心を!

 

こんにちは!

2017年も残すこと今月を含めて4か月を切りましたね。

ワタシテキには、ついこの間年越しをしたばかりのようなのですが、1年ってホント早いです(´;ω;`)

ハロウィンがやってきますし、クリスマスだってそう。

じわじわと近づいてきて、年賀状の準備もしなくてはなりません。

そこで、みなさんは年賀状はどうしています?

昨今年賀状離れが進んでいますよね。

確かにスマホやPCの使用が日常化となっていて、活字を書くことが少なくなっています。

現にこうしてスマホからこのブログを書いてますし…

たまに役所などに提出する書類に手書きで記載しなければならないとき、漢字を度忘れしてしまい、今まで書けた字が書けなくなることはないですか?

焦りとはずかしさから、結局スマホに頼ってしまいます?という悪循環(笑)

年賀状の話に戻しますが、私は“出す派”です。

確かにいただく枚数は減りましたが、今のところこれからも出して必ず手書きで住所や挨拶をしたためます。

ただ、文字を書かないと字が下手になるのを痛感しました。(^^;)))

いただいておいて言うのもなんなんですが、表も裏もプリントのみの殺風景な年賀状は、少しがっかりしますね。

寂しい感じがしませんか?

「お元気ですか?」の一言だけでも手書きのメッセージがあると、私に向けて思った言葉を文字にしてくださったのだなと、ありがたくなるというか素直にうれしいです。

私は毎年毎年自分の中でのテーマがあって、そのテーマにあったポストカードを選び、それらを年賀状として使用しています

もちろん切手も凝ったデザインを選びます。

同じ値段を出すなら、きれいだったり楽しかったりユニークなものがお得な感じがしてしまうのです。

それに、出す側も受け取る側も楽しめるもののほうが、ワクワクします。

喜んでいただけるかな?クスッとしていただけるかな?と遊び心があるほうが、年賀状を書くのも楽しくなりますよね?

今年はもうポストカードの準備ができています。

気が早いかもしれないですが、素敵なデザインでしたので、カートにいれました。

年賀状にも花の写真のポストカードを使ったりします。

年賀状だから絶対に干支を入れなければならないという決まりがないので、いいのです。

新年早々ハッピーな気持ちに浸っていただけるだけで、いい1年がスタートしそうではないですか?

パステルカラーのお花ばかりのものにしたので、その中でもお相手さまのイメージに合うものをチョイスするのもなかなか楽しいものですよ。

年賀状離れしていた方たちも、自分らしい年賀状を出してみませんか。

何も気持ちが入っていない年賀状はいらない!簡単な一言に心がこもる


印刷されただけの年賀状は事務的過ぎて、いっそいらないと思う

毎年正月、送り送られてくる年賀状ですが、新年のご挨拶のハガキです。

しかしながら、あまりにも事務的に送られてくる年賀状を目にする度に「これなら、送ってくれなくていいよ〜」と言う気持ちになります。

確かに、どのような年賀状であっても感謝の気持ちは持つべきだとは思いますが、仕事関係の年賀状でも、必ず、印刷された文字とは別に手書きでの一言が添えられています。

それが、仕事関係ではない友人や親戚からの年賀状でただ印刷したものを送ってこられると、あまりにも気持ちのなさに呆れてしまいます。

何百枚と送る方にとっては手書きの一言を添えることは大変な手間が掛かることも承知しています。

しかし、その手間こそが、気持ちのこもった新年の挨拶になると思っています。

写真が全面に入った年賀状で、一言を書く部分をわざとなくしている年賀状も見受けられますが、これも、写真の配置を変えて書くスペースを設けることはできるわけですから、酷いものです。

実際に私も毎年、何百枚という枚数の年賀状を送っていますが、一言を書く手間の時間を考えて、早くから年賀状を書き始めています。

年末で仕事が忙しく、なかなか進まなかった時などは、徹夜のような状態で一言を書いています。

私の場合は、一言ではなく、何行も書いているので、そのような状況になりますが、そんなことまでする必要は実際にはないと思います。

たった一言でいいのです。

何も書くことがないのであれば、「お元気でお過ごしでしょうか?」の一言で構わないのです。

実際に5秒もあれば書ける文だと思いますし、その手間でいいのです。

その内容が問題ではなく、手書きの文字があるというだけで、その年賀状には気持ちがこもると思います。

これさえも、面倒だと思ってしまっている気持ちが事務的な年賀状から相手の気持ちが見えてしまい、それならいらないと思ってしまうのです。

いくらメールやSNSが発達した時代にあっても、年賀状という手段を使い新年の挨拶をしようとするのであれば、非常に勿体ないと思ってしまいます。

逆に言えば、一言もない年賀状を貰うのであれば、気持ちを打ったメールの方がよっぽど、マシであるとも思います。

目上の方にはもちろん、部下や後輩への年賀状に関しても、上下は関係ありません。

たった一言の手書きの言葉があるだけで、その方の印象はガラッと変わると思います。

それが、手書きの一言の力であり、気持ちなのです。

せっかくのアナログな年賀状を送るのであれば、是非、手書きの一言を添えて頂きたいものです。

年賀状を出していたお陰で、小学校の仲間と再会ができました

小学校を卒業してから30年を過ぎたある日のことです。

仕事から帰ると留守番電話にメッセージが入っていました。

小学校の同窓会のことで明日の12時頃電話が欲しいという内容でした。

相手先の電話番号は聞き取れたのですが、名前が聞き取れません。

とりあえず、その番号へ掛けてみました。

もちろん夜ですから繋がらないでしょうが、会社なら社名だけでもと思ったのです。

案の定、社名だけは確認できました。

しかし、名前が解らなくては翌日電話のしようがありません。

そこで、思いついたのが担任の先生に電話をすることでした。

幸い、毎年年賀状のやりとりをしていたので、番号は解りました。

そこで、やっと私の留守電にメッセージを入れていた人の名前が解りました。

翌日、指定の時間に電話をすると、同窓会があることを話してくれました。

そして、私の電話番号は担任の先生から教えた貰ったというのです。

両親が離婚をして、小学校時代に住んでいた家からは高校の終わり頃引っ越してしまっていました。

その後の実家の住所や電話番号へ連絡をしても母は亡くなっていたためにつながりが切れてしまったようです。

担任の先生には、卒業後毎年年賀状を出していました。

それが、この同窓会の連絡に役立ったのです。

そういえば小学校や中学校の同級生とは両親の離婚がはほとんどつきあいが無くなったいました。

母の所へ問い合わせても、もう実家を出ているからと、私の現住所を教えなかったようです。

そんななか、たった1枚の年賀状が昔の仲間とのつながりを復活させてくれました。

その小学校の同窓会以来、中学校の同窓会の連絡もきちんと来るようになりました。

あれから、また20年あまりが経ち、今では数人の友人と時折連絡を取れるようになりました。

幹事には、引っ越す時やアドレスが変わった時には必ず連絡をして欲しいとしっかり言われています。

ですから、そんな人たちには年賀状を毎年出すことにしています。

仲間とのつながりを復活させてくれた年賀状に少し感謝を込めながら。

しかし、一人の幹事の奥様には誤解をされたようです。

今まで来なかった女性名の年賀状が届き始めたので、怪しまれたのでしょう。

しっかり、知り合いから遠回しな問い合わせがありました。

良いこともありましたが、年賀状でこんな嫌な思いもしました。

それほどあなたのご主人はもてませんよと言って上げたいものです。

そんな人への年賀状はもう出してはいません。

しかし、何人もいる幹事たちは私の所在をしっかり把握してくれているので、良しとしています。

私の年賀状の思い出!家族の年賀状を見るのも楽しみだった子供時代


年賀状が来るとやっぱり嬉しい!また手書きの年賀状を送ろうと思っている

年賀状の思い出があります。

それは、小さい時は年賀状が来なかったけたど、小学生の高学年辺りからお正月になると必ずと言っていいほど誰かから年賀状が来ないかなぁ~と期待をしていていざまとまった年賀状の中に私宛ての年賀状があったら嬉しくて仕方ありませんでした。

妹宛ての年賀状で一通変わった年賀状がありました。

一般的な年賀の挨拶を漢字1文字1文字充てて書いてきた年賀状があって面白いことを考えるなぁと思いました。

あといとこからも年賀状が来たのですが、住所の漢字を分けて書いてきたのにも関わらずちゃんと届いたからさすが田舎の郵便局は違うわと思いました。

あとなぜかしら両親宛てに届いた年賀状が誰から来たのか気になって見せてもらっていました。

しかも毎年です(笑)

中学と高校の時にはさすがにもう両親宛ての年賀状を見ることはしなくなりました(笑)

相変わらず自分宛ての年賀状を来るのを期待をしていました。

でもなぜかしら、私より妹宛ての年賀状の方が多いとちょっと悔しかったのを今でも覚えています。

高校の時は担任の先生とか、他の教科の先生からの年賀状が来た時はやっぱり嬉しかったです。

高校を卒業した後は先生とか転勤してしまったので出せずにいました。

自動車学校に通っていた時は仲良くなったバスの運転手さんとか、学校で出来た友達に年賀状を出したりしていました。

やはり自動車学校を卒業した後は仲良くなった運転手さんには出さなくなりましたが、友達には出していました。

就職先で部署は違うけど同い年の男性に年賀状を出したんですが、その人からはどうせ来ないんだろうなぁと諦めていたら年賀状が届いたのですごく嬉しかったです。

私はその人の事が好きだったから余計に嬉しかったのを今でもちゃんと覚えています。

その人からもらった年賀状が今多分実家にあると思います。

結婚してからは、相手の親戚やら自分の親戚に子供の写真つきの年賀状をたくさん出すことになった時には全部私が宛名を書いたのを覚えています。

あの時はきつかったなぁと。

ここ近年は年賀状を出す機会がなく新年の挨拶と言えばメールで済ませてしまいます。

早くて便利なのですがなんだかもの寂しい気もします。

今じゃ多分LINEで済ます人も多いと思います。

やはり、新年の挨拶って葉書に字を書き起こして送るのが一番温かみがあって気持ちもこもっているから一番いいと思います。

ここ数年私もメールで新年の挨拶はメールで済まして来ましたが次はちゃんと年賀状を書いて送ろうと思います。

貰って一番驚いたのは裏面が何も描かれていない真っ白の年賀状


さすがに目を疑った白紙の年賀状!その真相は想像するしかない

メールやLINEでの年賀状がある中、毎年ハガキでの年賀状も頂きます。

干支にちなんだイラストや家族の近況報告が入ったものなど、家庭によって個性が出ますので見ていて面白いです。

ただ年賀状を出すほうもその年の人間関係によって誰に出すのか、人によってはハガキとメールで使い分けて出したりすることもありますので、年賀状に関しては年代に分かれて大変さが違っています。

人によっては凝ったデザインや印刷屋に依頼して作成していますし、メールに関してはカウントダウンと同時に送信しますので、内容によっては知らなかった部分まで感じ取ることもできます。

そのことから拘っている人ほど大変さが分かるので、貰った年賀状に関しては感動や面白さがありました。

ただ今まで頂いた年賀状で、個人的にインパクトが強かったのは、新年の挨拶も絵柄も文面もない白紙の年賀状です。

白紙だと自宅まで届くはずがないと思われますが、両面白紙ということではなく裏面のみ白紙になっていたのです。

住所や宛名はしっかりと書かれてしましたので、何も問題がなく自宅に届いたものの裏面は白紙だったので、他の人の年賀状を見た次に裏面真っ白のハガキを見たら、さすがに驚いてしまい2秒くらい呆然としてしまいました。

たまたま送り主と共通の友人がいましたので、年賀状の話しになった時に裏面白紙の年賀状のことを言って話しのネタにし、後で感想を聞かれると面倒ということから、その友人にどういう年賀状だったのか教えてもらいました。

もちろんその友人も白紙の年賀状に驚いたものの、本当の事だと分かってもらうために白紙の年賀状を見せましたら、友人が貰った年賀状を見せてもらいました。

当時は現在みたいにパソコンが普及していなく、年賀状を作って印刷するという技術もなかったで、カラフルな手描きのイラストと小さくコメントみたいな文面が書いてある年賀状でした。

その後、何通かの年賀状を頂いていますが、白紙の年賀状はこの1通のみです。

個人的な解釈ですが、年賀状の送る枚数が多かったことで同じ年賀状を複数作ったことから、1枚だけ他のハガキと重なって確認しないまま送ったことから、たまたま自分のところだけ白紙として届いたのだろうと思う。

この解釈が正しいのかは送った本人でないと分からないですが、手描きで作成するにも時間が掛かったことから、あえて本人に年賀状が白紙だったよというのも嫌味に感じますし、前向きな気持ちでネタにもなっているから、今になれば滅多にない体験をしましたね。

年賀状は必要か?義務で出すだけだったらいっそ止めてしまう方がいい


年賀状が来ると嬉しいけど、印刷だけの味気ない年賀状なら別にいらない

毎年12月の10日頃になると年賀状を作る準備を始めなければとソワソワします。

ただでさえ忙しい年末に面倒な仕事だと思うけど、新年に届くはがきを見るのは嬉しいものです。

そこに相手の家族の写真があったり手書きのメッセージが添えられていると嬉しさもひとしおです。

そういったことから自分で作る年賀状はパターン化しています。

仕事関係友人関係は毎年自分で描いた絵画を印刷、ごあいさつやメッセージを手書きでいれています。

また親戚などには家族の集合写真にペットの写真を貼り付け送ります。

もう15年ちかくこのパターンを決めているのでなんら悩む必要はありません。

なので家族でどこか出かける際は「年賀状の写真撮るよ」とドレスアップを頼みます。

しかし子どもが大きくなるにつれ5人が揃うこともなかなか機会に恵まれません。

いない子はペットのように丸く切り抜かれ貼り付けられます。

わたしとしては郵送代を使うのだから価値のあるモノにしたいのです。

よくある、表も印刷、裏も印刷。という年賀状を送って来る人は正直??です。

それを見て私はどう反応したらいいのかな?

今年も元気に納期内に印刷が発注できたんだからまぁボケていないのかな?

めでたしめでたしなのかな。

一言添える相手ではないのかな、あなたにとって私なんて??

面倒で面倒で仕方ないのね、年賀状って?との理解でいいですか?

ならやめてしまえばいい。年始に送る必要もないし。

Eメールのほうがまだましだわ。

未来的に年賀状が廃止されればいいなとも思います。

限りある資源の無駄遣いです。

年賀状は古い慣習の生き残りであり、郵政省の金儲け手段にすぎない。

今年からスッパリやめてみたい気もしますが勇気もありません。

ただ年賀状を出してもらっているだけの古い友人が多くいます。

そういう無意味な人間関係を見直し特に大好きでは無い方から徐々に出さないようにしています。

3年続けると相手もわかってくれてもう来なくなります。

そういった人間関係の整理をするため私はノートに1月1日に来た人1月3日に来た人、1月4日1月5日とメモして私が出したからイヤイヤ送ってきた人と、年内クリスマスで忙しい時期に時間を作って投函した人を分けて管理し次の年から「来たら出す式」を取り入れ、制作印刷枚数を減らすように心がけています。

しかし目上の絵の先生などは失礼のないように早めの投函をし、「先生の絵の印刷された賀状がほしいのでーす」モード全開にごあいさつします。

要するにもらった人がうれしくなるプレゼントを真に好きな人同士で送りあえる関係こそが正月の晴れの日にふさわしいのではないでしょうか?

なくならないでほしい!日本ならではの年賀状という習慣を大切にしていきたい


便利な世の中だからこそ、年賀状を送る、という特別な習慣が続いて欲しい

年賀状というのは昔なら当たり前のように送っていた人が多かったと思うのですが、最近では通信機器の発達によりメールやメッセージアプリ等で新年の挨拶を終えてしまう人が多くなってきていると思います。

特に学生などの若者は年賀状を送る必要性をあまり感じていない人も増えてきているみたいです。

社会人になれば仕事でお世話になっている人等に送る機会があるのですが、友達同士だと年賀状を送るということは最近減ってきている気がします。

ですが私は今の時代だからこそ年賀状を送るべきなのではないのかと考えています。

最近では連絡手段が容易になっているため簡単に相手に連絡を取ることができます。

なので昔のように連絡が来る喜びもあまり感じることがないように感じます。

昔は文通といって手紙を送りあうという習慣がありましたが、いまではほとんど文通をしている人もいなくなってしまいました。

手紙が返ってきたときの喜びやそして手紙から感じる暖かさ、そして相手が一生懸命書いてくれた文字の温もりといったことが最近の若者は経験をしたことがないように感じます。

相手の手紙を送る機会が少なくなってきている今だからこそ、まだ残っている手紙を送る習慣である年賀状をもっと大切にしたほうが良いのではないのかと考えています。

相手から来る年賀状の暖かみは無機質な文字列で並べられているメールやメッセージアプリとは違い、その人独自のセンスや温もりを感じることができます。

最近では日本郵政が年賀状の販売方法を拡大していることもあり手軽に年賀状を購入することができるので、昔よりもより気軽に年賀状というものに触れる機会が増えています。

一枚当たりの値段も手ごろで学生でもお小遣いやお年玉で買うことができるので、若者こそ是非年賀状を送ってみてほしいと思います。

あと年賀状を学生の時から送っておくと、いざ社会人になり年賀状を送らなくてはいけない状況になった時でもスムーズに相手に送ることができます。

社会人になったら上司やお世話になった人には年賀状を送らなくてはいけないのでその練習も兼ねて送ってみるのも良いかもしれません。

年賀状という習慣はあと数十年したらもしかしたらなくなってしまうかもしれませんが、私としては手紙が持つ暖かみや温もりを感じることができる最後の習慣として残っている年賀状はこの先何年たっても残ってほしいと思います。

無機質な文字列に慣れてしまったこの時代だからこそ必要だと感じます。

年賀状を自分の思ったように作成するには年賀状作成ソフトがオススメ

今は年賀状を個人で出す人は少ないですが、個人でも書きたいという人も結構います。

本当にきれいな年賀状を作成したいならマイクロソフトオフィスについているマイクロソフトワードだけでは難しいです。

何故難しいかというと筆文字のようなつながりのある文字を作成することが難しく砕けた文字を作るにしても行書という少ししか変化のない文字ばかりになっています。

他にも砕けた文字としてポップ体なども使われますが、行書の方が年賀状には適切でおすすめです。

しかし年賀状の広告チラシのようにきれいな文字を作るためにはどうしたらいいか悩むと思います。

それを解決するには年賀状のソフトです。

新しいパソコンを買ったときに殆どの場合、ワード以外にも年賀状専用のソフトがついていることが多いです。

いいソフトなら筆文字もかけるようなソフトがあり、優秀なソフトもあります。

しかしパソコンは必ず買う必要はありません。CDロムを買うのも一つの手段です。

年賀状の両面作成出来る年賀状のソフトを買えば筆文字が書けるソフトもあります。

もちろんそうすればイラストを選ぶときにも数えきれないくらいたくさんイラストがつているからインターネットから保存したり、そのための著作権のことも心配する必要はありません。

ワードだけでも出来ないことはありません。

筆文字のような文字もイラストと同じところに載っているインターネットサイトもきちんとあります。

有料なところや無料なところもありますがイラストとして作っている個人のところもあります。

年賀状の著作権の個人だけの場合はどこに出せるかというと友達同士、親戚同士などお金の稼ぎとは縁のない関係で使えるけれど、会社などの営業目的などでは使えません。

だから基本は民間に出すだけのための年賀状イラストを保存することは可能な場合が多く、あまり心配はいりません。

筆文字のソフトやパソコンもいいけれど、筆文字をインターネットからダウンロードするのもありだと思います。

しかしダウンロードした筆文字の文字もイラストも加工や変形などの編集は出来ないから要注意です。

著作権が出来てからイラストはどこから持ってくるのか不安になる人もいますが、加工とかしなければ大丈夫です。

年賀状はないよりも1枚でももらえるとほんの少し嬉しいと思える人もいるし、ラインよりは伝わることもあるからとてもいいイベントだと思います。

やはり1枚はないと悲しいこともあります。